情報科学の進展はめざましく,来世紀には「情報」を越えた「知識」 がますますその重要性を増すものと考えられている.実社会においては小型化が 極限にまで進化しつつあるコンピュータとInternetの発達によって「大量情報/ 知識の知的処理」が一般家庭にまで浸透しつつある.学界における知識処理研究 は人間固有の知的機能を計算機で実現する「知的機能代行型」の研究から,人間 と共生する「知的パートナー」としてのコンピュータ」の研究へと展開している. 当研究分野では学術的に優れた研究成果をあげつつこれらの社会的状況に応える ことを目指して,次世代の知識処理システム構築のための新しい基礎理論と基盤 技術としての「オントロジー工学(文献1, 文献 2)」を提唱し,それに関連する幅広い研究を行っている.具体的には,オン トロジー基礎論・方法論と記述言語,オントロジーに基づく次世代の知識ベース システム,知的教育・訓練システムの研究を行っている.
研究マップは,オントロジー理論 と基盤技術に基礎をおいて行われている本研究室の研究活動の概要を示してい る.基礎論としては,意味リンクの意味論,オントロジーのメタモデル機能, identityの理論,Part/Whole理論などを,基盤技術としては,タスクオントロジ ー記述言語,オントロジー開発方法論とその支援環境などを研究している.そし て,「次世代の知識システムはオントロジーに基づくべきである」という信念に 基づいて,知識ベースのための基本オントロジーとして,因果と時間のオントロ ジー,機能と振る舞いのオントロジー,故障オントロジー,設計タスクオントロ ジーなどの基礎的課題と定性推論・モデリング,知的設計支援システム,高度故 障診断システムなどのシステム開発を行っている.更に教育・訓練システムに関 わる基礎からシステム開発の研究も行っている.訓練タスクオントロジーに基づ く知的でreflectiveなオーサリングツールの開発,そして具体的な訓練システム の開発を企業との共同研究として行っている.また,これまでに行ってきたFITS (知的教育システムのフレームワーク)や学習者モデル構築理論の成果に基づいて,CSCL(Computer-Supported Collaborative Learning)における動的な学習グループの構成理論と協調機構(協調オントロジーを含む)の研究を行っている.
人工知能研究のなかには,論理や知識表現などを扱う「形式指向」 の研究とモデリングを代表とする知識の内容を研究の対象とする「内容指向」の 研究がある.いずれも等しく重要であるにもかかわらず,これまで「形式指向」 の研究が中心に行なわれてきており,人工知能研究全体の健全なバランスを維持 して社会の期待に答えてきたとは言うことができない.近年,内容指向の研究の 重要性が高まっている.それは,現実に存在する知識処理の課題の多く,例えば, 知識の再利用,複数のエージェントが協調するために必要な通信,理解に基づく メディア統合,大規模知識ベース/常識ベースの開発,知識の標準化による知識 共有などの問題の解決には,推論などの形式的な操作の高度化だけではなく,様々 な形態で存在する知識の「内容」を扱う基礎研究と高度技術が不可欠であること が明らかになってきたからである.しかし,内容指向研究は以下の様な問題を抱 えており,学問として深化しつつ実社会にも貢献するために十分な体制にあると は言えないのが現状である.
これらの問題点を解決するのがオントロジー工学である.オントロジー 工学は「実世界,厳密には情報科学が対象とし得る全ての対象のモデル構築の基 盤を与える」.それは知識ベースの設計意図,核となる 概念化,基本概念の意味の厳密な定義などを与えるだけでなく,内容指向 研究を真に意義深い学問にするために不可欠な,知識を「積み上げる」技術と理 論を提供する.オントロジー工学は決して応用研究ではない.実世界の知識を扱 うための基礎理論から技術までを対象とする研究であり,従来の基礎と応用の単 純な2分法的考えをうち砕く試みである.